ここで改めて家族信託のメリットと思われるものを確認しておきましょう。
家族信託(かぞくしんたく)とは、自分の老後や介護等に備え、保有する不動産や預貯金などを信頼できる家族に託し、管理・処分を任せる家族の為の財産管理のことです。
最近NHKなどでも、認知症対策などに使えると頻繁に取り上げられている、比較的新しい制度ですが、家族信託自体のメリットは認知症だけに特化したものではなく、相続が発生した場合などにも、遺言書以上に幅広い遺産の承継を可能にします。
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高齢化社会に伴い認知高齢者が増加している
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これまでは認知症になってからの有効な財産運用・活用手段がなかった(遺言・成年後見制度の限界)
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民事信託は財産運用・活用に関する認知症リスクを解決できる手段!
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※弱点
民事信託も契約行為である以上、委託者となる本人が認知症になる前に信託契約をしないといけない。
1:後見制度に代わる柔軟な財産管理が実現できる
成年後見制度は、後見人の負担と制約が多く、毎年家庭裁判所への報告義務があったり、資産(財産)の積極的な活用や生前贈与などの相続税対策がしにくかったりといったデメリットがあります。
また、任意後見契約を結んだ成年後見人(予定)は、本人の判断能力が衰えるまでは財産の管理はできませんが、家族信託であれば判断能力があるうちから、本人の希望する人に財産管理を任せることができます。そして、もし本人が判断能力を失った場合でも、本人の意向に沿った財産管理をスムーズに実行できます。
2:親の財産管理が容易に行える
2つめのメリットとしては、高齢な親の財産管理が容易に行えるという点です。例えば、父親が元気な間に財産の名義を長男に移しておき、その財産を自分のために使って欲しい場合、父親を委託者兼受益者、長男を受託者とする家族信託をしておくことで老後の資産管理を安心して長男に任せられます。
3:遺言書ではできないことが可能
3つ目は、遺言書の代わりとして使える効力を持っているという点です。遺言書を遺そうと思った場合、民法の定める遺言書の方式・作成方法に従う必要があります。(参考:遺言書の書き方)この形式面・手続面の厳格さが、一般的に遺言書作成をためらわれる要因になっている可能性もあります。
家族信託であれば、委託者と受託者(信頼できる家族)との契約で行うので、遺言書作成のような厳格な方式によらず、自分の死後に発生した相続について財産を承継する者を指定することができます。
4:財産承継の順位づけが可能になる
遺産相続における相続順位の指定も可能になります。一般的な相続対策には「生前贈与」や遺言書の作成(遺贈)がありますが、生前贈与や遺贈をした財産に対しては、その次に相続が開始した場合の相続人を指定できません。
一方、家族信託を利用すれば、最初に指定した受益者が万が一亡くなってしまった場合でも、その次の受益者を誰にするかを指定できます。
参考:事業承継とは|手続きの流れと後継者へ相続する際の手順
株式の評価が高い段階で相続が発生した場合、相続税の支払いが大変になってくるため、株式の評価がほとんど無い時期に株式の承継をしたいというニーズが考えられます。
しかし、現経営者が元気で、これからも引き続き会社の経営を行っていくつもりであれば、この段階で株式の贈与や譲渡をして経営から撤退するのは躊躇するでしょう。そこで、株式の評価がゼロに近い時期に委託者と受託者を本人(現経営者)、受益者を相続人という自己信託(家族信託の一類型)を行うことで、贈与税をかけずに株式(受益権)を子ども等に承継させ、かつ自身も変わらず議決権を行使して経営に参加することが可能になります。事業承継をお考えの方は自己信託を行うことも検討してみる必要があるでしょう。
5:家族信託には倒産隔離機能がある
家族信託には、将来自分(委託者)や受託者が「信託財産に関係のない多額の債務を負ってしまった場合でも、信託財産は差押えられない」という倒産隔離機能がありますので、将来万が一何かがあった場合に対する備えになります。
注:ただし、信託財産は受益者の「信託受益権」に形を変えていますので、受益者が強制執行などを受ける際には、差押えられてしまうことに注意して下さい。
参考:倒産隔離機能|金融経済用語集 - iFinance
6:配偶者の認知症対策に活用できる
例えば、被相続人になる方が遺言書を書く時点ですでに配偶者の判断能力が無くなっていた場合、自分の死後の配偶者の生活費の出所が心配になります。
老人ホームなどに入っていれば月々の費用もかかりますが、配偶者に財産を相続させることはできても、すでに判断能力がないので賃貸借契約やその更新ができないというリスクがあります。
そこで、家族信託で「自分が亡くなったら受益者は妻に変更する」と定めておくことで、受益者の変更に遺言書も遺産分割協議書を必要とせずに、配偶者の生活ために財産を利用することが可能になります。
7:不動産の共有問題・将来の共有相続への紛争予防に活用できる
共有不動産は、共同相続人全員が協力しないと処分できないので、将来的に複数の相続人が不動産を共同相続してしまうと管理処分権の問題が生じます。共有者としての権利・財産的価値は平等を実現しつつ、家族信託によって管理処分権限を共有者の一人に集約しておくことで、不動産の“塩漬け”を防止することができます。
8:二次相続が指定できる
家族信託は、二次相続を想定した相続対策としても非常に有効な選択肢となります。相続割合等の指定に関して言えば遺言書でもできますが、遺言書で指定できるのは、遺言者である被相続人が亡くなった時の一次相続の方法についてのみです。
たとえば、一次相続の被相続人Aは財産をBには相続させたいが、Bの相続人であるCには相続させたくないという場合、遺言書ではAの希望を実現することは困難です。Bが亡くなった場合の相続については、Bが遺言を残す必要があるからです。
しかし、家族信託を利用すれば、AはBを財産の受益者とし、Bが死亡した後はCではなくDを受益者とする仕組みを作ることが可能です。これを「受益者連続信託」と呼びます。このように、遺言書よりも自由度が高く、個々の被相続人や相続人の意向に応じた相続の仕組みを作ることができるのが「家族信託」のメリットといえます。
次に家族信託のデメリットについてご紹介していきます。
1:成年後見や遺言でないとできない事もある
家族信託は財産の管理や処分に必要な行為を家族に委ねるものですが、成年後見制度は民法で身上配慮義務(858条)が規定され、本人の財産管理のほか身上監護も念頭においている点が大きな違いです。
家族信託には身上監護に関する内容を含めることも可能ですが、本人の法定代理人として活動する成年後見人でなければ、身上監護に必要な契約等が十分にできない場合があります。
2:受託者を誰にするかで揉める可能性がある
家族信託は、財産を適切に管理・処分できて、かつ信頼できる家族(親族)がいるかどうかが大きなポイントとなります。また、受託者に財産の名義が変わるということは、委託者に判断能力があるうちから利用できるというメリットではあるのですが、自分の財産が自分名義でなくなることに抵抗感を持つ人もいるでしょうし、信頼して任せたのにずさんな管理をされた場合には、相続人の中から不満の声が上がり、トラブルになる可能性もあります。
3:節税効果は期待できない
家族信託を行うことで、節税効果があるわけではありません。受益者となった方が財産を取得するわけではないのに、財産を取得したとみなされるので、税金的な観点からみたら受益者の負担は大きいといって良いかもしれません。
参考:みなし相続財産
4:遺留分侵害額請求(旧:遺留分減殺請求)の対象となる可能性がある
信託は自分の死亡後に残った財産の承継者を指定できます。このとき、遺留分侵害額請求の対象となることがありますが、信託の性質から遺留分侵害額請求の対象とならないという見解もあり、意見が別れる部分でもあります。
※法改正により遺留分減殺請求は「遺留分侵害額請求」として名前も制度内容も改められましたので、ご注意ください(2019年7月1日施行)。
家族信託を設定した時点の、
1.受益者を夫
2.夫の死亡後の第2受益者を妻
3.妻の死亡後の第3受益者を長男
とした場合、夫の死亡時に妻の取得する受益権と将来、長男が取得する受益権が他の相続人の遺留分侵害の対象となると考えられています。遺言で他の相続人の遺留分を侵害すれば遺留分侵害額請求の対象となることは当然ですが、夫の死亡がきっかけとはいっても、夫の遺言に基づいて受益権を承継したわけではないので、この辺りで議論が別れる部分ではあります。
生命保険の契約者と被保険者が同じである場合、受取人の保険会社に対する保険金支払請求権は受取人固有の権利であって遺留分減殺請求はできないのが原則ですが、これに似ている面もあります。
現時点でまだ明確な判例等はありませんので、取得した受益権が遺留分減殺の対象になるものとして備える必要はありますが、今後の動向を見守っていきたいと思います。
参考:角田・本多司法書士合同事務所
次に、家族信託の手続方法と、家族信託にかかる費用について見ていきましょう。
手続の流れ
家族信託の大まかな手続の流れは、次のとおりとなります。
1.家族間(委託者・受託者・受益者間)で、信託の目的と内容を話し合う。
2.信託契約書を公正証書で作成する。
3.信託財産である不動産を受託者名義に変更する(信託登記)。
4.新たに受託者名義の専用口座を開設し、委託者の金銭を信託する。
5.受託者による財産管理を開始する。
家族信託にかかる費用
家族信託は、信頼できる家族間の契約ですので、基本的には高額な費用等のかかるものではありません。もっとも、公正証書を作成する場合、不動産登記を必要とする場合などには別途そのための費用が発生します。
信託の目的となる財産の価額に応じて、概ね1~5万円程度の手数料がかかります。また、公正証書作成を専門家に依頼すればその費用(報酬)が必要になります。
固定資産税評価額の1000分の4。ただし、土地信託の場合は固定資産税評価額の1000分の3。また、登記申請を司法書士に依頼した場合にはその費用(報酬)が発生します。
信託契約を締結するにあたって専門家のコンサルティングを依頼した場合には、その手数料がかかります。コンサルティング費用は各専門家に決められるため一律ではありませんが、信託財産が1億円以下の部分は1%、それ以上の部分は0.5%あたり相場になっています。